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第14話 存在意義

Author: アイさん
last update publish date: 2025-12-26 11:17:25

この時の俺はどんな人だったのか、今でも鮮明に覚えている。

しかし、どうしても思い出せない事が1つある。

自分の本当の名前だ。

名前は悪魔祓いになったと同時に捨てたからだ。

今も過去の記憶は覚えてても、自分の名前に関する記憶だけはどうしても思い出せない。

覚えているのは、楽しかった日常が一夜にして地獄に変わってしまった事。

そして…あの時俺を逃してくれた俺の兄の最後を、俺は今でも覚えている。

11年前ー

キュアリーハート。それは(癒しの心)という意味を込められた平和の国。

この国は東西南北にある四大国の中心に位置している。

四大国に比べて経済力があるとか、規模が特別大きいなどそういった事はなくて、争いの無い平和な国造りを国民全員が願っている。

その想いによってこの国では、今まで戦争や犯罪が全くない国とされていた。

そう、あの事件が起きる一年前までは…

ここは、キュアリーハートの中でも山の麓に近い場所にある町。フローアタウン。

この町は国の中でも田舎の中の田舎で、主に狩りや農作業が主な仕事としている町だ。

豊かな緑に面した場所に木造建築の家が数カ所に建てられ、その横には田や畑が沢山あるのどかで平和な町。

俺は物心つく前からこの町に住んでいた。唯一の家族である兄と一緒に。

「いつまで畑耕してんのよ、兄さん!」

小さい頃の俺が家の前に座り込んで言った。

すると、畑を耕している当時20代手前くらいの銀髪の青年が地面を耕すのをやめて小さい頃の俺の方へ視線を移した。

「あともう少しで終わるから待っていなさい!」

そう言って兄は再び地面を耕し始める。

しかし、小さい頃の俺は駄々をこねていた。

「えー!だって兄さんさっきから同じとこばっか耕してるじゃん!」

よく見ると田んぼの大きさは大体50町歩あるのに対して耕しているのは大体1/3くらいだ。

それを魔法も使わずに数時間もかけてやっている兄の行動をこの頃の俺は全く理解できない。

しかし、兄は当時の俺にこう聞いてきた。

「〇〇。俺たちがこうやって生きていけるのは?」

「え、えっと…この畑から取れる食べ物のお陰…かな?」

「そうだ。その畑から取れた食材で俺たちは明日への命を繋いでいる。この畑は俺たちの命だ。それともう1つ質問だ。仕事や勉強は早くやれば良いと思うか?」

「え、そりゃ早い方が良いでしょ?なんで?」

「そっか。…けど、俺はそうは思わないな。」

「えっ?なんで!?だってそっちの方が良いでしょ!面倒な事なんて早くやれば他のやりたい時間も取れるし、それだけ効率が良いって事じゃん!」

この時の俺が言ってる事は今でも納得いく。

しかし、兄が言った次の言葉は今の俺でも納得いく事では無いが、当時の俺はその言葉に対して反論する事は出来なかった。

兄は俺の隣に座って言った。

「確かに、お前の言ってる事は分かるよ。仕事や勉強も効率良くやれば早く終わるし他の事も出来る。けど俺はな、こう思うんだ。」

「手間掛けてやるのも良いかなって。」

「…え?」

兄が何を言ってるのかイマイチ分からない当時の俺。

しかし、兄はこう続けた。

「手間掛けてやるって事はな、それだけその事に対してやり甲斐を感じてるって証拠だ。仕事は早くやる事に越した事はない。けど、この畑作業はな…俺の生き甲斐なんだ。」

「生き…甲斐?」

「そうだ。俺はこの畑を愛してる。愛してるから、仕事みたいに手っ取り早く終わらしたいなんて考えたくないんだ。それに、畑は耕せば耕す程良い土になる。良い土になるって事はそれだけ美味しい実がなるって事だ。勉強だって同じだ。短い時間やるよりも手間を掛けて確実に覚えた方が覚えてるだろ?それと一緒だ。」

「ふーん。なんか僕には難しいけど、要するに手間掛けてやるのも大事って事でしょ?」

「ハハッ。まあ、お前にもいつか分かる日が来るはずだ。その為にはまず何かに興味を持つ事が大事だけどな。…さて!休憩終わりだ。」

そう言って兄は立ち上がると再び畑を耕し始めた。

兄は真面目で自分に厳しく人に優しかったので近所でも評判は良かった。

兄よ。あなたの言葉は、今になっても俺には分からない。

手間掛けてる時間なんて、俺には無いんだよ。

畑仕事が終わり、兄はこっちに戻って来た。

「よし、今日の畑仕事は終わりだ!今からでも行くか?」

「うん!やっと行くんだね!狩に!」

「だが、暗くなったからお前は何もしなくて良いぞ。また今度狩やらせてやるからな。」

「えー!…まあ仕方ないか。」

この時はまだ子供だが、10代くらいにしてはまだ物分りが良い方だと思う。

当時の俺は駄々をこねる事が少なく、基本兄の言いつけは守っていた。

兄は家にある狩に必要な弓矢や剣、獲物を入れる為の籠を持って出てくると2人で町から少し離れた林の中に入った。

兄はとにかく強かった。

林の中に潜んでいる小動物などを全て弓矢で命中させ、突進して来る巨大な猪も難なく交わして頭上へジャンプしてから片手で剣を振り下ろして真っ二つに仕留めた。

隣で見ていた俺はそんな兄を尊敬の眼差しで見ていた。

「流石兄さんだ!猪をたった一振りで仕留めるなんて!」

木の陰で兄の背中を見ていた当時の俺。

当時の兄の凄かった事は、周りに木があり薄暗くなり始めてる場所でも矢の命中が下がらない動体視力の良さ。

巨大な猪を軽くジャンプしただけで頭上まで飛び上がり、剣をたった一振りしただけで仕留める筋力だ。

そして、

「危ない!」

兄は俺の方へ魔力を溜めたエネルギーを撃ってきた。

否。俺の頭上を通り過ぎ、その後ろにいた巨大な蛇を狙っていたのだ。

更に兄は魔法に関してもズバ抜けていて、俺に被害が及ばない様に魔力を強過ぎず弱過ぎない様に一瞬で調節する器用さも兼ね備えていた。

「ふぅ…危なかったな。」

「ありがとう、兄さん!僕、後ろに蛇がいるなんて全然気づかなかったよ。」

「まだまだだな、お前も。よし、今日は収穫が多かったからな。特に猪は全部持ち帰るのは厳しいから食べれそうな肉は持って帰ろう。」

「うん!」

俺と兄さんは小動物は籠にそのまま入れて、猪の肉は食べても大丈夫そうな部分を剣で切り分けてから籠に入れて持って帰った。

帰り道、俺は兄に質問した。

「兄さん、残った猪の肉はどうするの?あのままじゃ腐ってしまうんじゃないかな?」

「まあ確かにそうかもしれないが、俺たちが持って帰っても食べきれずに腐ってしまう。大丈夫だ。置いてきた肉は他の動物たちが食べてくれるはずだ。」

「食べてくれなかったら?」

俺は最後にそう質問した。

すると兄は歩きながら俺に言った。

「この世界は…回ってるんだよ。この林なら、草木は土から養分を貰い、その草はやがて動物に食べられる。そして死んでもその肉体は土に還り、再び草木の養分となる。あの猪もやがてこの林の養分になるはずだ。」

「ん~、兄さんの言ってる事って偶に良く分かんないんだよな。」

「悪い、お前にはまだ早かったなこの話は。」

「あー!そーやって直ぐ俺の事子供扱いする!」

俺はそう言って拗ねると兄は笑いながら早く大人になれと言って返した。

兄はとにかく何でも出来る人だった。

それは人間離れした身体能力以外にも、昔の学校では全ての教科を学年トップの成績を叩き出して将来を有望視されていたが、それを蹴って今こうして農作業をしているのは当時の俺の世話があったからだと思う。

俺たちの産みの親は俺が生まれた時には家にはおらず、物心ついた時には俺と兄の2人暮らしだった。

父親に関しては家にいるのが少なく、俺が生まれてからは一回も家に帰って来なかった。母親もそんな父親に呆れ、家を出たのだと言う。

兄曰く、どちらも自分勝手な親だと言っているが当時の俺は2人の親に会ってみたかったという感情があった。

当時の俺は教育の一環として学校に通っていた。

別に俺自身が学校へ行きたいと望んだ訳じゃ無いが兄が子供の頃は勉強が仕事、と言うから仕方なく学校に通っていた。

俺は正直退屈だった。

元々兄に色々教えて貰ってたお陰で、成績はいつもトップ。おまけに学校の校内テストで俺に敵う者はいなかった。

魔法学も子供にしては上出来な方だったので、俺は知らない間にクラスの中心的な存在になっていた。

「お前凄いな!あんな凄い魔法、お父さんでも出来ないよ!」

「それは言い過ぎでしょ!僕が魔法を扱えるのは偶々兄さんに教えて貰ったから。」

「そんな事ないよ!教えて貰ってても普通あんな簡単に詠唱なしで出せないよ、魔法。流石〇〇くんだね!」

「そうだ!〇〇は勉強頑張ってるしな!えっと…あれだ!努力のたわもの…ってやつだな。」

「無理に賢い言葉使わなくて良いわよ。逆にあんたはもうちょっと努力しなさいよ。」

「うっ、うるさい!」

クラスの友達は本当に良い人ばかりだった。

成績では無く、ちゃんと俺自身の事を見てくれていたので俺はもっと頑張らなければと勉強に励む事が出来た。

当時の俺は学年でズバ抜けた成績を出していたが、俺と同じくらい成績の良い人がいた。

その男の名前は、レイク・ルシエルド。

俺の幼馴染にして唯一、俺が魔法で勝てず学校でも神童と呼ばれていたライバルだった。

この学校では授業の一環で剣術、体術、弓術の基礎的な部分を一通り学ぶ事が出来る。

魔法も一応教えては貰えるが戦闘向けでは無く、あくまで日常生活に用いる事が可能な範囲の事しか教えていない。

勿論、生徒には魔法が得意で魔法の勉強がしたいという者も居たが、魔法だけ教養する方針はこの国には無かった。

その理由は、魔力の個人差だ。

個人差という者は努力だけでは到底埋める事が出来ない為、もし魔力の低い者が高い者と比べ。

ああ、自分は努力しても変わらない落ちこぼれなんだ。だから努力するのは止めよう。

と言って生徒が卑屈にならない様に全ての科目を平等な時間に割り振っているのだ。

勿論、短時間でも出来る人は自分の能力を周りの人より伸ばしていたがキュアリーハートでは魔法が全てでは無いので、全員が仲良く切磋琢磨して授業に取り組んでいた。

しかし、レイクは違った。

元からズバ抜けているので学校の授業が退屈過ぎるあまり周囲の人の事も出来損ないと称し、クラスでは浮いた存在だった。

レイクがある日、剣術の時に事件が起きた。

レイクと組手を行なっていたクラスの子が降参しているのにも関わらず、レイクは何度も木刀で殴り続け、その子を全治1ヶ月の怪我を負わせた。

幸い、小等学校では刑期の対象にはならなかったので逮捕される事は無かったが、レイクの性格を改善させる為、罰の意味を込めて半年間の停学処分を学校から言い渡された。

その噂はたちまち俺達のクラスに伝わり、クラスの1人が言った。

「知ってるか?隣のクラスのレイク。とうとう停学だってよ。」

「本当か!?まあ、あれだけ相手を痛めつければ謹慎処分でも足りないくらいだよ。」

「そういえばレイクって魔力検査の時に凄い数値を出したって事を先生からチラッと聞いたんだけど、実際どうなんだろな?」

「さあな。〇〇はどう思う?」

「何が?」

急に俺に聞いてくるクラスの友達。

「〇〇はクラスじゃ学業トップで体術も人並み以上じゃん!お前とレイクがもし組手したらどうなるか気になるじゃん!」

「別にどうだって良いよ。どうせそいつは只の悪ガキだろ?そんな奴と組手したって何も得るものなんて無いよ。」

そう言って俺は鞄に荷物を詰めて帰り支度をしてから友達に別れを言って教室を出た。

帰り道、俺はレイクという男が気になってた。

確かに、行き過ぎな部分はあるが俺も学校には丁度退屈していた部分もあり、一度思いっきりの真剣勝負がしたいと思っていた。

「とりあえず、ダメ元で会ってみるか。」

噂通りの悪い奴なのか、それとも何か理由があるのか…直接会わないとそいつの見えない部分も見えてくる。

当時の俺は噂だけで物事を判断する事が大嫌いだった。

そして、俺は気づけばレイクの家の前に立っていた。

ベルを鳴らすと髪の青い若そうなレイクの母親が家から出てくるがレイクは居ないと言われた。

何処にいるのか聞くと、どうやらレイクは殆ど家には帰って来ないらしく、毎日その辺ふらついているのだと言っている。

その時の母親はまるで我が子に対して諦めてしまった様な冷めた口調だった。

最後に母親がこう言った。

「あの子に用があるなんて、あなたも物好きね。」

それだけ言って、レイクの母親は家の中に入っていった。

「物好き…うーん、確かに物好きかもしれないな。僕は。」

そして俺は再びレイクを探しにこの周辺を探す事にした。

町の隅々まで探してみるが、レイクらしき人物は見当たらなかった。

しかも、レイクの事を町の人たちから聞くが殆どの人がレイクの事をよく思ってないらしく、聞く度にこう言っていた。

「ルシエルドのガキか。あんな奴は将来ロクな大人になれやしない。」

「あんな奴はこの国の恥晒しだ!2度と口にするな!」

「最初は期待してたのに、見損なったわ。もうあんな子の顔も見たくないわ。」

どうやらレイクはよっぽど町の人たちから嫌われていたらしい。

母親がレイクを見放した言い方する理由が分かった気がする。

やはりレイクは噂通り只の悪ガキなのか…俺はその時までそう思っていた。

しかし、町を歩いている途中に当時の俺はあるものを見てその考えが一気に改められてしまった。

「待ちやがれ、クソガキ!」

俺の背後から声が聞こえてきたので後ろを振り返ると、10代後半の男が大体俺と同じ年くらいの少年を追いかけていた。

追いかけられている青い髪の少年は腕に何か抱かれていて、どうやら男はこれが原因で少年を追いかけているのだろう。

男は物凄い勢いで血相を変えて少年を追いかけているが少年も必死になりながら逃げていた。

俺はそれを呆然と見ていたが、周りの大人達がその光景を見て口々に言う。

「またルシエルドのガキが悪さしたんだな。」

「全く、このキュアリーハートの恥晒しだよ、あいつは。」

さっきも見た様な悪口が次々と聞こえてくる。

…確か、レイクの姓は確かルシエルドだったな。

…まさか、あいつがレイクなのか?

それが分かった俺はさっきレイクが走って行った場所まで走って行く。

レイクが走って行った路地裏の方向へ走るとそこには地面に尻を着けているレイクとそれを見下ろす男性がいた。

俺はすぐ建物に隠れてどういう状況なのか様子を見る事にした。

「おい、テメェこれが何か分かってんのか!?あぁっ!?」

男性が怒鳴りながらレイクの頭を蹴り飛ばすがレイクは抱きかかえてる何かを離そうとしない。

そしてレイクが初めて口を開いた。

「何かって…?これ…は…先生の宝物だ。」

レイクが抱えているものからチラッと水色の刃先が見えた。

「先生?あぁ、あのクソ兄貴か。あいにくあいつはこれをうまく使いこなせないんでな、代わりに俺が使ってやってるってわけだ。いいからとっととそれを返せ!!」

「嫌だ!!」

男性は再びレイクを殴りまくり、レイクはひたすらそれに耐えた。

見ていられない俺は建物の陰から出て来て止めに入ろうとすると男性の右腕に切れすじが入った。

「い、痛えぇええ!血が…血がぁあ!」

自分の腕を見ながら情けなく泣く男性。

「お前みたいな奴が、先生のこの剣に手を出すな!」

レイクは両手で水色の刃先の小剣を握りしめているが本物の剣で相手を傷つけた事に恐怖し体がプルプルと震えていた。

しかし、それを割り切るかの様にレイクは男性に斬りかかろうとする。

「待ちやがれ、クソガキ!」

俺の背後から声が聞こえてきたので後ろを振り返ると、10代後半の男が大体俺と同じ年くらいの少年を追いかけていた。

追いかけられている青い髪の少年は腕に何か抱かれていて、どうやら男はこれが原因で少年を追いかけているのだろう。

男は物凄い勢いで血相を変えて少年を追いかけているが少年も必死になりながら逃げていた。

俺はそれを呆然と見ていたが、周りの大人達がその光景を見て口々に言う。

「またルシエルドのガキが悪さしたんだな。」

「全く、このキュアリーハートの恥晒しだよ、あいつは。」

さっきも見た様な悪口が次々と聞こえてくる。

…確か、レイクの姓は確かルシエルドだったな。

…まさか、あいつがレイクなのか?

それが分かった俺はさっきレイクが走って行った場所まで走って行く。

レイクが走って行った路地裏の方向へ走るとそこには地面に尻を着けているレイクとそれを見下ろす男性がいた。

俺はすぐ建物に隠れてどういう状況なのか様子を見る事にした。

「おい、テメェこれが何か分かってんのか!?あぁっ!?」

男性が怒鳴りながらレイクの頭を蹴り飛ばすがレイクは抱きかかえてる何かを離そうとしない。

そしてレイクが初めて口を開いた。

「何かって…?これ…は…先生の宝物だ。」

レイクが抱えているものからチラッと水色の刃先が見えた。

「先生?あぁ、あのクソ兄貴か。あいにくあいつはこれをうまく使いこなせないんでな、代わりに俺が使ってやってるってわけだ。いいからとっととそれを返せ!!」

「嫌だ!!」

男性は再びレイクを殴りまくり、レイクはひたすらそれに耐えた。

見ていられない俺は建物の陰から出て来て止めに入ろうとすると男性の右腕に切れすじが入った。

「い、痛えぇええ!血が…血がぁあ!」

自分の腕を見ながら情けなく泣く男性。

「お前みたいな奴が、先生のこの剣に手を出すな!」

レイクは両手で水色の刃先の小剣を握りしめているが本物の剣で相手を傷つけた事に恐怖し体がプルプルと震えていた。

しかし、それを割り切るかの様にレイクは男性に斬りかかろうとする。

「うわああああ!!」

小刀の刃先を男性に向けて突進するレイク。

隠れていた俺は流石にまずいと思ったのか物陰から姿を現した。

「やめろ!この国で殺人を犯したらどうなるか分かってるはずだ!」

俺がそう言うとレイクはピタッと立ち止まった。

そして俺は立ち止まったレイクの腕を引っ張り、痛さで悶えている男性を残してその場を走り去った。

俺はレイクを人通りの少ない空き地に連れて来た。

「…お前、俺に何か用か?」

レイクは睨みつけながら俺に聞いてくる。

「その前にそれは何だ。盗んだ刀だろ?」

手に持っている小刀を指さされ隠そうとするレイク。

「隠さなくてもいい。何でその刀を盗んだ?やっぱりお前は学校の噂通り、ただの悪ガキか?」

「…やっぱり学校ではその噂が広がってたのか。…まあいい。けどな、この刀は元々俺のなんだよ。先生からもらった大事な形見なんだよ。」

「いや、さっきあの男が俺の家のやつだって…」

「無理やり買い取られたんだよ。この名刀、ー氷牙(ひょうが)は高値で取引されるからな。」

レイクは氷牙と呼ばれる小刀を鞘にしまい込んだ。

「で、俺に用ってのはなんだ?」

「そうだったな。お前の剣の腕を試しに来た。」

「…は?」

レイクは何を言ってるんだこいつ、みたいな顔をして俺を見ている。

俺はそんな事を気にせず自分の荷物から木刀を取り出した。

「お前、学校じゃ不良だけど剣や魔法はズバ抜けて凄いらしいな!だから、それを俺に見せて欲しいんだよ。」

「何言ってんだ…俺とまともに組手したら骨の一本は軽くいくぞ?」

「やってみろよ、その木刀貸してやるからさ!」

俺のスペアの木刀をレイクに渡した。

そして木刀を握った瞬間、レイクが俺に急接近して来た。

カッ!!

木刀同士の衝突した音が周りに響き渡る。

「いきなり来るとは思わなかったぜ!」

「よく止めたな。だが、甘い!」

そう言ってレイクは俺の脇腹を狙って来るが俺は木刀で咄嗟に防いだ。

「俺の一撃を防いだのは同い年ではお前が初めてだ。」

「そりゃどーも!」

そう言って俺もレイクに負けじと反撃し始めた。

俺たちはそれから剣を交え続けた。

正直その時の俺は個人差を埋め、全員平等の為に作られた学校の決まりにうんざりしていた。

個人差というのは時に諦めるきっかけになったりするが、俺は違った。

個人差があるから、それを埋める為に努力する。

負けたからそれで終わりではなく、次は負けたくないから更に強くなるんだ。

だから、この時の俺は思い切りの真剣勝負が出来てすごく嬉しかった。

しばらくして俺とレイクは剣を交えるのをやめ、その場に座って話をしていた。

「なあ、お前名前はなんて言うんだ?」

「そういや言ってなかったな。俺は〇〇だ。それにしてもお前強過ぎだろ?まさか俺が一回も勝てないなんて。」

俺はこの時数10回くらいレイクと剣を交えていたが、僅差で一本取られたりして勝つことが出来なかった。

「いやいやそんな事ねえよ。」

指で鼻をこすりながら顔を赤くするレイク。

「レイク、お前の言ってた先生って誰なんだ?学校の先生?」

「いや、先生はこの町に1年だけ居た只の放浪者だ。1年前に月の民殲滅の為に駆り出されたから多分魔法使いなんだろうけど。」

1年前、それは俺が悪魔祓いになる2年前だ。当時南の大国シルフの魔導兵が誤って月の民を撃ち殺し、そこから戦争に発展した。

しかし、元々月の民は人々にとって悪いイメージしか持たれていないので他国は月の民に加担するどころか大国に逆らった月の民を滅ぼす計画を立てていた。

そして他国から優秀な腕の立つ魔導師を集め、これを後に月の民殲滅作業という事件に発展した。

まあそういう風に世間は言っているが、本当はただシルフの国王の独断で決めた事だというのが分かったが今はいいだろう。

レイクが言った先生というのは、多分だけど凄い腕の立つ魔導師だったんだろう。

「その小刀はその先生から貰ったのか?」

「そうだ。これは俺の魔力との相性が良いからお前にやるって。強くなったら会いに来るって言ったのに…言ったのに先生、帰って来ねえじゃねえか!!」

月の民殲滅は当然死者は月の民だけではない。

その中には他国から派遣された魔導師だってその死者の中の1人かもしれない。

会いに来ないのは先生が約束を守らなかったからではなく、会いたくてももう会えないという事をレイクは分かっていなかった。

「けど、お前はその先生を目指して強くなれたんじゃないのか?」

俺がそう聞くとレイクはこう返した。

「強くなった。確かに剣や魔法は強くなった。けど、先生が言ってた本当の強さはそんな力だけじゃないらしい。」

「強さは力だろ?」

「いや、先生は…そんな事を言ってるようじゃお前はまだまだ半人前。本当の強さは自分の中にある弱さを理解する事だ。」

「先生はそう言ってた。」

この時の俺も現在の俺も多分思ったことは一緒だと思う。

弱さを理解する?

何を言っている?弱いところは無くしたいから強くなろうとする。

少しでも相手より強くならなければいけないから弱い自分を理解したところで意味はない。

必要なのは魔法と力、その2つがこの世を成り立たせているんだ。

今の俺も昔の俺も、その考えは変わらないままずっと思っていた。

「けど俺には理解できない。弱さを認めても結局は弱いままじゃないか。」

「そんなの知るか。友達のいない俺にとって先生は全てだ。だから俺は先生の言った事に意味を見出す。それが俺の強くなる為のゴール地点だ。」

そう言ってレイクはよっこいしょと言いながら立ち上がった。

「どこ行く気だ?お前今家に帰ったらさっきの男に捕まるぞ?それに、この国での犯罪は…」

「分かってる、家には帰らねーよ。」

そう言ってレイクが去ろうとした時に俺はレイクにある提案を言った。

「どこにも行く場所がないなら、俺の家に来いよ。」

「…はぁ?何言ってんだよ。そんなの勝手に決めたらお前の親に…」

「大丈夫だ!俺には兄さんしかいないから。それに、兄さんは話の分かる兄さんだから安心しろ。それに、お前本当は故意に相手を痛めつける事なんてしないだろ?」

調べて分かったが、レイクが組手で相手をボコボコに痛めつけたのはその相手の男が最低だったからだ。

その男は組手の最中にレイクには言ってはならない事を言ってしまったのがきっかけだった。

「お前は、強い余り全員から拒絶されてたんだ。そして相手からこう言われたんだろ?」

「お前は友達もいないし強いから学校へ来るな。」

俺がそう言うとレイクの顔色に変化が起こったのが分かった。

レイクは驚きを隠せず、目を見開きながら言った。

「お前…何が目的なんだ本当に。」

「何もない。君がクラスでどういった性格でも俺は関係ない。」

「じゃあなんで、なんで俺の事そんなにも知る必要がある?」

「ライバルの情報を知りたいと思うのは当然だろ?」

「ライバル?」

「そうだ。俺はただの悪ガキには興味ないけど、君みたいな向上心のある奴で強い奴は好きさ。学校なんか行く必要ない。俺とレイクで強さの高みを目指そうじゃないか!」

そう言って俺は手を前に出した。それに合わせてレイクも一瞬ためらったが、すぐに手を出してお互い握手を交わした。

それからレイクは俺と兄さん、3人で暮らす事にした。

俺とレイクは学校なんかに行かず、ひたすら組手や魔法学を勉強した。

今まで周りのレベルに合わせていたから成長が感じられなかったが、2人でやると全く違う。

お互いが負けたくないから更に強くなる。

勝つための向上心が俺たち2人を強くしていた。

それから1年くらい経ったあの日。

キュアリーハートに起きた最大の事件が起きた。

そう、これが俺にとって全ての始まりだと言える最大の出来事だった。

この世界では数百年に一度、太陽系を回る全ての惑星が1つに重なり合う月食、超月食(ノヴァ・エクリプス)というのが存在する。

その日は普段散らばった様々な光を放つ星が1つになる為月は通常よりも黄金に輝き、夜になっても辺り一帯明るくなる。

人々はこの日を神が生まれた日と呼ぶ。

そしてその日は10年前に起きた。

その日の夜は超日食が起きる為、人は夜になっても外で月食が起きるのを待っていた。

「いよいよ今日月食が始まるのか!」

「わしはこの時代に生まれて来て本当に良かった…長生きはするものだなぁ。」

夜10時頃、キュアリーハートの人達は日食を見やすい位置へ歩きながら日食を楽しみにしていた。

1番日食が見やすい場所はキュアリーハートの1番中心にある場所でそこにはキュアリーハートを建国した国の王の巨大な銅像が建っていた。

国の人達がその場所に集まってる中、俺とレイクと兄は別の場所から見ていた。

「なあ、兄さん。なんで俺たちはみんなと同じ場所で月食を見ないの?」

「人混みは嫌いなんだよ。それに、レイクがあの中にいたらマズイしな。」

あれからレイクはあの時の男性に傷を付けてしまった事から殺人未遂として手配されてしまった。

それ以来レイクは学校へは行かず、勉強は俺が学校で学んだことをレイクに教え、合間に剣や魔法の修行をしてきた。

「すみません、お兄さん。」

「謝る必要なんかない。ほら、もう直ぐで日食が始まるぞ。」

空を見上げると全ての星が重なり始めていた。

それぞれの点となる星が列になって太陽に近づいていき、手前の星から順に重なっていく。

そして、最後尾の星が重なる事で1つの星になる。

時刻は午前0時。

人々は重なり合った瞬間、喜びの歓喜を上げ、数百年に一度の黄金の輝きに感動を覚えた。

正直、俺もこの時まではとても良かった。

この後に起こる血で染まった地獄の光景を目の当たりにするまでは。

「おぉ、これが超月食(ノヴァ・エクリプス)。…なんて輝きなんだ。」

国民全員が月を眺めながら感激していた最中、あの出来事は起こった。

現在、キュアリーハートの殆どの国民は国の中心である初代国王の銅像の周りを囲んで月食を見ている。

すると、国の中心にいた人々の地面から赤い光の線が円状になって人々を取り囲み、巨大な魔法陣が展開される。

魔法陣が完成すると、真上に位置する月がその魔法陣と共鳴するかの様に紅くなっていく。

紅くなりきると月は紅い光を一気に放つー

「なっ、なんだ!この光は…うっ!」

「この光…気持ち悪…い……」

そして、真っ赤に染まった月の光がこの国全てを一瞬で覆い尽くした。

輝きが弱くなっていくと人々は何が起きたのか分かっていない顔をしながら周囲を見渡す。

「何が起きたんだ?みんな?…うっ!!…グッ…ガァア…アアァァアアア!!!!!」

1人の男性に異変が起きた。

顔がこの世の者とは思えない獣の姿になっていき、指から鋭い爪が生えていく。

国の中心で見ていた他の人たちも全員同じ様に姿が変わっていくと人間とはかけ離れた姿に変わっていた。

「があああアアァァアアア!!!!」

「グルルル…」

その場にいた全員が姿を変えると全員その場で狼の様な遠吠えをした。

そのあまりにも大きな遠吠えに、姿が変わらなかった者は思わず両手で耳を塞ぐ。

そして、姿の変わった国民の人々は一瞬でその場から居なくなると、姿の変わっていない人間に襲いかかる。

「きゃあああ!!」

「うわぁああ!!助け…」

化け物はカップル同士の男女に急接近すると男の左胸に自身の鋭い爪で突き刺し、その男の心臓を掴んだ。

そして、その女性の目の前で握りしめた心臓を美味しそうにかぶりついた。

女性は気持ち悪さと恐怖心がごちゃ混ぜになり、嘔吐しそうな姿勢をとりながら涙を流す。

「うっ…うぅっ…」

そして、後ろから別の悪魔が女性の背後から接近し爪で胴体を背中から貫き、女性の心臓を食べた。

赤い光がこの国を覆い尽くした後、俺とレイクと兄さんは再び月を見た。

血のように真っ赤になっている月を見て不気味に感じた俺は隣にいる兄さんの方を向いて言った。

「兄さん、この月おかしいよ!超月食なのにどうして真っ赤になってるの?」

「…!3人とも耳を塞げ!」

「えっ…」

すると突然狼の様な遠吠えが国中に響き渡った。

耳の鼓膜が破けそうな遠吠えは数十秒ほど続き、俺たち3人はそれまでずっと両手で耳を押さえた。

「何だこの声は…鼓膜が破けそうだ!」

「どうなってるんだ?お前らここに残れ!少し町の様子を見て来る!」

そう言って兄さんは自身の体に身体強化の魔力を纏い、目に見えない早さでその場を去った。

残された俺とレイク。

その時、近くで人の悲鳴が聞こえた。

「何だ!?…」

その声の方に俺とレイクは向かった。

聞こえた所は普段からよく見ている近所の家だった。

俺とレイクはその聞こえた家の玄関の方まで近づいてみるがそこには何もなく、玄関の裏へと足を運んだ。

その時の俺は自分の好奇心だけで近づいたが、それが全ての間違いだった。

玄関の裏の庭を覗こうとした瞬間、レイクが何かに気づいたのか俺を急に突き飛ばした。

「痛っ…何すんだレイ…ク…」

俺は目の前の光景を見て絶句した。

さっきまで平気で俺を突き飛ばしたレイクが体を貫かれた状態で何者かに体を持ち上げられていた。

「ゴフゥッ!……逃げ…ろ。」

「あ…あぁ…」

ダメだ。腰が抜けて走れない…このままじゃ俺も…

どうすれば…否、逃げるしかないだろ!

俺は腰が抜けた状態だったが自力で立ち上がり、走った。

自分の親友が目の前で殺されたにも関わらず、懸命に走った。

殺される…殺されてしまう!!

嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!死にたくねーよ!!

しかし、所詮まだ子供でさっきまで腰が抜けていた俺の足では遠くへは逃げられなかった。

走ってる最中、地盤の悪い所で躓いてしまいこけてしまった。

「うわっ!……ウガアァァァアアア!!!」

躓いたと同時に、 レイクを殺した化け物の爪がゴムの様に伸びてきて、俺の右足をえぐった。

右足は切断されていなかったが、場所的にふくらはぎの筋肉がえぐり取られ骨が丸見えの状態だった。

そして化け物が後ろから追いかけられている恐怖よりも激痛が走り、気付けば足から大量の血が流れていた。

(まずい…このままじゃあの化け物に…)

化け物はゆっくりと動く事が出来ない俺に近づいて来て絶体絶命の状態だったその時、あの人が来た。

それは、俺が昔も今もずっと尊敬している兄だ。

兄は化け物に気づかれない早さで後ろから接近し、右手に持った剣で化け物の首を斬り落とした。

そして斬り落とされた化け物は地面に倒れ、そこに兄はトドメに剣で心臓部分を貫いた。

化け物が動かなくなったのを確認すると動かなくなった俺の元へ駆けつけた。

「大丈夫か、〇〇!」

「兄さん…足が…」

俺は自分のえぐられた足を指差すと兄は一瞬硬直し悔しそうな顔をした。

「遅かった…くそぉおお!!あと少し…少し早く来ていれば…!」

兄はそう言って俺のふくらはぎ部分に手を添えると回復魔法の呪文を唱えた。

すると筋肉がえぐられて骨が丸見えだった状態が少しずつ筋肉が現れはじめ、完全には回復しなかったが歩けるくらいには元に戻った。

「ありがとう、兄さん…。けど、レイクが…」

「まずい!!奴らの大群がすぐここに集まってくる!」

兄は魔力を感知したのか、すぐ近くにいる化け物に気がついた。

「お前だけでも逃げるんだ!」

「けど兄さん!あの化け物は一体何なの?人間をあこまで無残に殺す生き物は一体、何なの!?」

「俺に聞かれても分からない…だが、このままでは俺とお前は死んでしまう!〇〇!お前は死んだレイクと今から死ぬかもしれない兄の分まで生きるんだ!」

「嫌だ!僕は兄さんと離れたくな…」

「ー絶対防御。ここは何人たりとも通さんとする!」

兄はそう唱えると俺と兄の間に境界線が出来た。

そして、その境界線から透明なガラス張りの様なバリヤーが目の前に現れた。

そのガラス張りのバリヤーは天まで届きそうな高さと横は地平線の向こうまであり、どう考えても超えることは不可能な障害物となった。

「今からお前と俺とで境界線を作った!お前の所には化け物の魔力がない!だからお前はそのまま逃げろ!そして、生きろ!」

兄が出したバリヤーの境界線は東と西に分けられ、俺は東側。兄は西側に分けられた。

俺はガラス張りのバリヤーを叩きながら兄に向かって叫んだ。

「兄さんダメだ!俺は兄さんを置いて逃げるなんて出来ないよ!」

「それでも逃げるんだ!逃げて逃げて生き延びろ!俺はお前さえ生きてくれたらそれでいい!…奴らが来た!早くしろ!」

兄の目の前には先程の化け物が数十体ぐらい並んで現れた。

「ダメだ…流石の俺もこいつら全員は無理だ…早く逃げるんだ〇〇!このバリヤーだってすぐに壊される!」

このバリヤーが壊される?そんな馬鹿な…大災害があっても決して破られない兄の絶対防御が負けるわけ…

そんな事を思ってたその直後、俺の目の前のバリヤーにヒビが入った。

それは一瞬で移動した化け物のパンチの威力によって入れられたものだった。

その時に見た化け物の顔が恐ろしく、この時初めて悲しくもないのに涙が出てきた。

「早く逃げるんだ!じゃないと俺たち…殺される!」

「あっ…で、でも…」

「いけぇ!!早く行くんだ!」

そう言って兄は自分の剣を持って悪魔達に立ち向かった。

そして俺は恐ろしく、右足を引きずりながらそのままバリヤーのない東の方向へ走り出した。

俺は本当にクズだ。今まで育ててくれた兄を…初めて真剣勝負が出来た親友レイクを。

何も出来ないまま殺されてしまう…

ごめん、レイク…俺を庇って死んだのに…何も出来ないまま逃げてしまった。

そして兄さんまで、俺は見殺しにしてしまうのか…俺は、何も出来ないままたった2人の家族を失うのか?

イヤだ、イヤだイヤだイヤだイヤだ!

「イヤだ!!にいさぁぁん!!」

俺はいつの間にか走るのをやめて兄がいる方へ振り返った。

「うおおぉおお!!!」

その背後には、物凄い気迫で兄が化け物数十体を剣で切りまくっていた。

「にい…さん。」

そして兄が俺の方を向いた。

「大丈夫だ!俺は死なねえ!俺は死なねえから安心して逃げろ!心配ねぇ、こいつら片付けたら東地区で待ち合わせだ!」

兄は魔力で作られた槍を周囲に生成させ、周囲の化け物にめがけて槍を飛ばした。

そして兄は最後に言った。

「だから、生きるんだ!俺の弟…」

「ルーファス!」

そう言って兄は次々に襲ってくる化け物達を魔法で倒して行った。

暗闇の中で過去を見ていた現在の俺は急に現実に戻され、その場で固まった。

ルーファスって何だ?

あれ、さっきのは…俺の…名前?

いや、そんなはずはない。

俺は本当の名前を契約によって思い出せないはず…いや、俺の今の名前はグレン!紅の悪魔祓い、グレンだ!

「それは、おめえの精神と心が不安定になってるからだ。」

後ろを振り向くとそこには契約によって俺の内なる場所に住んでいる強欲の悪魔・マモン、ことリフェルがズボンのポケットに両手を突っ込みながら立っていた。

「リフェル…お前、今まで何してたんだ?」

「俺か?あの時レヴィアと戦った時にお前の体使ってぶっ殺しただろ?あの後急に眠くなってな、今の今まで寝てた。」

簡単に言うと体を乗っ取っていない悪魔は契約者の体を使えるがその後の後遺症でしばらくは表に出てこれないらしい。

「後はお前と俺との身体能力じゃ格が違うからな。お前が俺と同じくらい強くなれば後遺症も無くなるんだがな。」

「出てきてすぐにダメ出しかよ。…まあいい、それより何だ。俺の精神と心が不安定?意味分からねえ。」

「意味分からなくはないだろ?そのまんまなんだからよ。」

「そういう事じゃねえよ!俺には元々心なんてない!俺はそんなルーファスなんて名前でもないし前の人格の奴でもない!俺はグレン、悪魔祓い(デビルブレイカー)だ!」

俺の存在を否定するな!

グレンはそう言うかのように取り乱した。

しかし、リフェルはそのまま続けた。

「いや、お前に心がないなんて事はねーぜ。それに、ミーナと旅してからお前はだいぶ変わったと思うぜ。」

「ミーナ…いや、俺は変わらない…変わってなどいない!その証拠に俺はあいつの事なんてどうでもいいと思ってるし、正直邪魔だとずっと思ってる!あんな人間の女1人消えよーが俺の知った事じゃねーんだよ!」

リフェルは正直驚いていた。

あのグレンがこんな感情的に相手の言った事を否定するとは思わなかった。

いや、これが初めてだと思う。

こんなにも感情的になれる奴が心がないなんて俺は思わない。

…いや、こいつには元々心があったんだ。

心があるのにこいつは自分で自分の事を心がないなんて言う。

その理由は。

それを認める事で、自分の存在理由を消されたくなかった。

それが怖いから、今も嘘をついているんだ。

グレンは自分自身の事を人間としての感情がないと思い込んでいる。

それはリフェルとの契約上、心を渡す事で自分が存在するからだ。

だから、心を失ったのに感情があるということは可笑しい。

いや、存在するはずがない。

それじゃあ契約に反してる。いや、反してるはずだ!そもそも俺に感情があるならじゃあ…

俺は、どうして存在してるんだ?

頭を抱えながら混乱しているグレンに対し、リフェルはそのまま答えた。

「お前はお前だ。悪魔を根絶やしにする為に今まで心が無い人間を装ってきた紅の悪魔祓い。グレンだ。…昔まではな。」

「…どういう事だ?」

「お前は勘違いしてる。心というのは生きてきた中で生まれてくる感情だ。それを契約で無くすことはたとえ魂を売ったとしても不可能だ。」

「何言ってやがる?俺は!…感情を失くした事によって生まれた存在だろ!?俺に感情が生まれるのは不可能に決まってる!それに俺は…」

「お前は変わったんだ。ミーナと出会ってから次第にな。」

感情的になるグレンにそう言うと、グレンは何も言えなくなった。

「確かにお前は心と引き換えに生まれた人格だ。けどな、言ったはずだ。心は生きていく中で生まれてくると。」

何も言わなくなったグレンは頭の中でミーナを思い浮かべる。

お節介で、馬鹿正直で、自分の事よりも相手の事を考える馬鹿な女。

けどあいつと旅した数日間、俺は嫌ではなかった。

いや、寧ろ逆だった。

俺と違い、相手を思いやる事が出来る人としての優しさ。

どんな強い悪魔が目の前に居ても、人の為なら命懸けの行動に移せる勇気。

そんな姿を見せられて俺はいつの間にかこういう感情になっていた。

俺にも、優しさがあれば…勇気があれば…自分の存在を否定されても自我を保つ事が出来るかもしれない。

羨ましい…欲しい…欲しい欲しい欲しい!!!

「俺にも、あんな感情が欲しいんだよ!!」

するとグレンの全身から黒炎が発生した。

それはいつもの黒炎の様な不気味に燃えたものではなく、まるで今のグレンの心情を体現したかの様な激しい炎だった。

グレンの激しく燃える黒炎にリフェルは驚いた。

なぜなら、この炎は。

「これは…感情によって生まれた炎…まさか、人間にここまで出来るとは。」

そして更にリフェルは言葉を続けた。

「グレン、それは俺たち獄魔7将が使える魔力だ。俺が司る感情…[強欲の魔力]だ。」

「強欲の…魔力。これが…そうなのか?」

「ああ。レヴィアも使ってただろ?あいつの場合は嫉妬。その魔力があれば、ネルとかいう黒魔道士の野郎を倒せるだろう。ただ…」

リフェルは言いづらそうに表情を固くした。

「ただ、その魔力は俺の…強欲の悪魔の源だ。使い続ければ当然リスクだってある。これは忠告だ。お前はまた、そのリスクを伴ってまでその魔力を使うのか?」

リフェルは真剣な表情でグレンに忠告する。

しかし、グレンは動揺するどころか口元を緩めながら口を開いた。

「何を言うかと思えば馬鹿か、お前は?さっき言ってたな?心は生きて行く中で生まれてくるって。残念だが、お前の言ってる事はただの戯言だ。」

「俺は…この人格になってから持ってる感情はただ一つ。強くなり、悪魔どもを殺して殺して殺しまくる!それだけだ!今更感情だのリスクだとか、下らねえ。」

「使ってやるよ…この魔力で、俺は更に強くなる。例え俺自身悪魔になるリスクであっても…強さを手に入れ、悪魔どもを完膚なきまでに、潰す!!」

今のグレンの顔はまさに絵に描いたような悪人顔だ。

口角が上がり、優しさなど微塵のかけらもない鋭い眼差し。

グレンとリフェル。今の表情を見ただけではまるでどちらが悪魔なのか分からない程だ。

リフェルは反論しようとせず、何かを諭したかの様な顔をする。

そして最後に。

「ま、俺はどっちでもいーがな!前にも言ったようにお前の[強欲]が強ければ俺はもっと強くなる!行けよ。行って、その力を解放しろ!」

そう言ってリフェルは右腕に黒炎を纏い、その状態の手で何もない空間を引き裂いた。

その空間の裂け目は徐々に開いていき、人が1人入れそうな穴が空いた。

「さあ、こっから現実世界に戻れ!そしてあの小僧をぶっ殺せ!」

そう言ってリフェルはグレンの目の前から消えた。

そしてグレンはその穴に入ると穴は消え、闇の世界には再び人がいなくなった。

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